雑文

他宅監視員の雑記帳

プロと覚悟と世界とお金――もう、めんどくせーよ

プロと覚悟と世界とお金――もう、めんどくせーよ

はじめに


正直な所、僕は「プロになるために」とか、「プロの倫理とは」なんて話には興味が無い。 そんなの、そこら中に溢れているじゃないか。 しかもみんな一応、生業を持って生きているもんだから、 一家言持ちたくて仕方がないらしく、ややこしいことこの上ない。

そんなことより今着目すべきは、有象無象のアマチュアの側だってことは間違いはあるまい、 愛をこめて。

ただ、たとえ自分がアマチュア側だとしても、 「プロフェッショナル(以降プロと略記)の論理」について整理しておくことは、 もしかしたらこの志低い活動のヒントとなるかもしれない、そう思うわけである。

こうした定義の整理作業をすることで、 一家言の嵐からもたらされる、変な混乱と躊躇から自由となり、 もっと気軽な経済活動ができるようになることだろう。 例えば「お金をもらったらプロ」などといったありがたいお言葉が、 実はアマチュアには関係のない話だってことはすぐにわかる。

というわけで今回は、この面倒くさそうな 「プロの論理」 を紐解き、 このもやっとした感じを整理しておく作業をしていきたいので、 とりあえずお付き合いいただきたい所存である。

プロ論はどんな構造をしているのか

さて、あなたにとって「プロ」とは何だろうか。

誰かから「お金」を受け取ることだろうか。 あるいは何かの世界に入る「覚悟」のことだろうか。 それとも、芸能界のような「職能世界(=ここでは職能団体っぽい共同幻想の意)」 における規範のことだろうか。

ちょっと検索して調べてみると、上記以外にも 「信頼」「専門性」「生業」「厳しい姿勢」「約束を守る」 などのワードを多く見かける。うーん、どれも正しいような気がする。 ということは、やっぱり人それぞれってことなんだろうか。

いやいや、プロであることに対しての思いは人それぞれ持っているだろうけど、 実はその論理構造はとてもシンプルだったりする。

それは、 ひとつの「原則」という根っこが有り、それ以外はそこから枝分かれしているだけ なのだ。(まあ、ありがちな構造であるのだけれど)

そしてよく言われる、面倒くさいドグマ(=教義)は全て、 ある「原則」から導き出される、枝葉の一つに過ぎない。

プロとは覚悟の宣言であり、自称するものである

「プロの原則」、それは 「何かで生計を立てる覚悟を世に宣言すること」 である(ゆえに自称が許される)。 ではその、「覚悟」とは何なのか。 それは、 「何かで誰かに便益をもたらし、対価を得ることを、継続する 」 ことである。 僕はこれをとてもシンプルだと思うのだが、みなさんはどうだろうか。

またここで触れておきたいのは、 「継続する」 という部分だ。 「生計を立てる」とは、この「継続する」を内包しているのだが、 少数で作るようなコンテンツの分野では、一発当てる的な力学や、 モノが良ければ変人OKな気運が強すぎて、 この点は見落とされがちな気がするので、あえて強調しておきたい。

まあそんなわけで、これが「プロの原則」であり、 あとはまあどーでもいい、とまでは言わないが、やっぱり枝葉の話である。

ではちょっと試しに枝葉を並べてみよう。

●「職能世界」……品質と対価のバランスを維持し、「継続」できるようにするために作る。

●「お金」……「生計」を立てるために得る。

●「信頼」……「継続」して取引するために獲得を目指す。

●「専門性」……品質を上げ効率よく「お金」を得る/「信頼」のために得る。

●「約束を守る」……「信頼」を得るために守る。

●「厳しい姿勢」……「約束を守る」ためにとる。

とうてい網羅はできていないし、そうする気もないので、暇な時にでも整理するといい。 単語にマル描いて矢印で繋いでみると、自分なりのプロ観が出来ていいかもね。

ただ間違いないのは、 原則が最上位であり、枝葉につながる矢印には方向がある ということだ。

つまり、「金銭を得る→プロ」は成り立たないし(今回のブロマガの一般開放のことだ)、 「専門術や知識を習得している→プロ」も成り立たない (資格自体でプロになれないのはこのためだ)。

そしてもう一つ間違いのないこと、 それは原則が 宣言 である以上、枝葉の一部を欠いていてもプロは名乗れるということだ。 ただ、評価が下がって継続性が危うくなったり、覚悟が虚しく響いて聞こえたり、 組織を変えざるを得なかったり、まあただそれだけの話である。(身につまされる話である)

ブロマガはインフラだ(今のところ)

最後に、今回話題にしているプラットフォームである、 ブロマガの説明ページを確認してみよう。

ブロマガ - ブログとメールマガジンがひとつになった「書くニコニコ」 - ニコニコチャンネル

においては、「月額課金や記事ごとの課金機能を利用すれば、 プロとしての活動が可能となります。」

といった形で表現されている。

これはとてもサービスインフラ屋さん的な、 ニュートラルな表現である(超会議とは大違い)。 すなわち、プロとしての活動が 可能 となるだけであり、 課金をした所で、プロであるという考え方は強要していない。

まあ誰であろうと、課金したいコンテンツがあれば課金をする、 ただそれだけのことだよね、当たり前だけど。 プロを目指すもよし、飲み代欲しいなーもよし。 ホント、どう使うかは自由だ。

お金を受け取ったら、何かの責任は発生するだろうけども、 変にプロとかに拘る必要はまったくないし、 ルールは自分で模索すればいいんじゃないかな。

という僕の一家言でございました。(よく考えたらすごく普通だ……)

――さて、第2回は以上です。

次回は本題、アマチュアが金を得るときに何を心がけると良いのか、などを考えてみたい。

DMのコーナー

前回の記事の配信後、ある方からTwitterにてDMが届いた。意訳すると、

カンブリア宮殿ネタは面白かったのに、 初回から飛ばしすぎで、内容についてのコメもできねーよコラ。

との旨である。

カンブリア宮殿で語られないニコニコ黒字化のホントのところ - 雑文

嗚呼、たしかにこの記事と比較すると、 前回のは確かに詰め込みすぎの飛ばしすぎたなこりゃ。

そうした反省から、しばらくは初回と重なることを気にせずに、 丁寧に書いて行きたいと考え、今回はこんな感じになったんだけど、 なんかもっと柔らかく書きたいなぁ。あと文字数を半分くらいに減らしたい。 (じゃないと続く気がしない……)

超会議での生主の扱いの根本的勘違いも批判もしとかなきゃならないな……。 なんか漠然としてて形にできるかわからないけども。

まあなんとなく時事ネタと絡めながらの方が楽しい予感がするので、 順番に読めばわかる、というような親切な作りにはならないかもしれないが、 パズルのピースを一つ一つ確認していくような感じで、 お付き合いいただければ幸いです。

ではまた。